72年前の今日、東山動物園に「猛獣画廊」が開設

戦時中の1943年11月、東山動物園ではじめて、日本軍の要請による猛獣の殺処分(ヒグマとライオン)が行われました。それ以降、園内の動物は殺処分とエサ不足による餓死で激減していき、1945年の終戦時に生き残っていたのは、ゾウ2頭、チンパンジー1匹、鳥類20数羽のみでした。東山動物園は1946年3月に再開し、上野動物園からカンガルーやイノシシを譲り受けることができましたが、それでも飼育動物の種類は圧倒的に不足していました。主のいないキリン舎で、幻灯機を使って動物の写真を映写して見せたり、アシカの池を子どもの遊泳場として開放したりと、なんとか来場者に楽しんでもらおうと苦心しながら、動物園はしばらく営業を続けていました。

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『中京新聞』(1948年11月14日)に掲載された写真

そんな猛獣のいない寂しさを埋めようと、当時存在していた「中京新聞」が主唱して、世界各地に棲む猛獣の生態を、旧カバ舎の壁面を覆う大画面に描いて公開する「猛獣画廊」が企画されました。絵画制作の依頼を受けたのは、太田三郎(愛知生)、水谷清(岐阜生)、宮本三郎(石川生)という東海・北陸ゆかりの3人の実力者です。それぞれ北極・南極、アジアの熱帯雨林、アフリカのサバンナに棲む動物を受け持ち、たて1.4m、よこ5.4mのキャンヴァスを相手に筆を奮いました。1948年11月13日(土)、「猛獣画廊」の開設式が挙行され、完成した壁画3点はこの日から市民に公開されました。翌日14日(日)には開設を記念して演芸祭が開かれ、東山行きの市電が大増発して、市内の子どもたち5,000人が招待されました。子どもたちは熱心に動物の姿を探して観察し、大人たちはライオンやトラを見て昔の動物園を懐かしんだそうです。

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水谷清 《東山動物園猛獣画廊壁画 No. 2》 1948年 名古屋市美術館

猛獣画廊の閉廊日はわかっていませんが、戦後初めてカバが来園した1952年にはおそらく壁画は撤去されていたとみられます。その後、この壁画がふたたび市民に一般公開されたのは、2018年10月6日(土)のこと。名古屋市美術館の開館30周年を記念した特別展「ザ・ベスト・セレクション」で、当館に寄贈されて以来はじめて展示されました(2018年11月25日(日)まで)。この壁画は動物園での公開が終了したのち、どのような状態で保管されていたのか詳しいことがわかっていません。そのため、画面の汚れや絵具の剥落など、大小さまざまなダメージを負った状態で当館に収蔵されました。当館では現在、壁画を修復するための寄附金を募っています。いつかこの壁画が完全な状態で展示される機会が来ることを願っています。

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特別展「ザ・ベスト・セレクション」での展示

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