山田洋次監督の特別記念講演会

終戦記念日の815日、名古屋市美術館では、開催中の「画家たちと戦争展」の関連行事として、映画監督の山田洋次さんをお招きし、特別記念講演会を開催しました。

この講演会は事前申込制で、定員をはるかに超える応募をいただきましたので、非常にたくさんの方々が落選することとなってしまい、申し訳ありませんでした。

講演会は、午後2時からの開始でしたが、開始の2時間前から整理券の配布を待つ長い列ができました。

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講演では、山田監督が「画家たちと戦争展」をご覧になった感想、特に宮本三郎の「山下、パーシバル両司令官会見図」(残念ながら、本展ではパネル展示ですが)に基づく話をされ、70年前の監督がまだ中学一年生であった当時、満州の大連で勤労動員として、栄養失調で倒れそうになりながら、戦車壕を掘っていたことや、玉音放送を聞いた時の衝撃―ホッとした気持ちと、その直後に襲ってくる恐怖感など、戦争の記憶を辿りながら、静かに力強く話をされました。

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映画の歴史にも触れられ、1930年代の映画によって感動や喜び、不快など様々な感情を表出できた輝かしい時代から一変、1940年からの5年間は、政府による厳しい検閲による苦悩がありました。黒澤明監督の「姿三四郎」の検閲では、小津安二郎の賞賛により検閲を逃れたことや、稲垣浩監督の「無法松の一生」でのシーンが検閲によりカットされたが、その後リメイクした作品ではそのシーンが復活していたというエピソードを聞くことができました。

絵画や音楽の世界においても同様に、戦争が終わったことで、芸術家たちはどれほどホッとしたか、それは今回の「画家たちと戦争展」でも手に取るように伝わってきたと話されました。

最後に、山田監督が生涯で一番大事な作品をつくろうという思いで撮影に臨んだ映画『母と暮せば』が1212日から公開されるにあたって、この映画は井上ひさしさんが生前に舞台作品『父と暮せば』と対になる作品を、「次は長崎を舞台に作りたい」と言われていたことを知り、監督が家族やスタッフと相談し、実現させたもの。長崎へ原爆が投下され、命を落とした長崎医科大学の学生とその母、恋人の心温まる物語。映画化までの思いやキャストの選定など、ここでしか伺えない話を聞くことができました。

すでにクランクアップし、現在はセットやCGの制作にかかっているとのことで、11月頃には完成予定。当初の予定通り、戦後70年のうちに封切りを迎えることができて大変喜ばしいとのこと。

監督の話に聴き入り、あっという間の1時間でした。

お忙しい中、また、遠方よりお越しいただきました皆様、この講演を快くお引き受けいただきました山田監督、松竹株式会社他関係者の皆様、誠にありがとうございました。 

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松竹120周年記念映画  「母と暮せば」1212日(土)ロードショー

監督/山田洋次 出演/吉永小百合、二宮和也

戦後70年―。長崎を舞台に描く、母親役に吉永小百合、息子役に二宮和也、息子の恋人役に黒木華という理想的なキャスティングで山田洋次監督初の、やさしく泣けるファンタジー作品です。

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