月別アーカイブ: 2014年7月

トリエンナーレもろもろ

 台風が行過ぎた白川公園に蝉の声が聞こえるようになりました。まだ蒸し暑い日がつづいていますが、蝉の声に煽られたじりじりとした暑い夏がもうそこまで来ているようです。
 去年の今頃は「あいちトリエンナーレ」の準備であわただしくしていた当館も、今年は「挑戦する日本画展」が7月5日(土)にはじまり、静かに落ち着いています。
 しかし、時間の経つのは早いもの! 「あいトリ」から1年、「そろそろ次回の芸術監督が発表されるころだな」と思っていたら、その前に思いがけず「札幌国際芸術祭2014」のゲストディレクターである坂本龍一さんの病気療養が発表されて、驚きました。
 「札幌国際芸術祭2014」は7月19日(土)から9月28日(日)までの会期で開催されますが、開催直前の坂本さんの現場からの離脱は、ご本人はもとより関係の方々にとっても一方ないものがあることでしょう。初回である今回のテーマは「都市と自然」。成功に終るよう願っています。
 「ヨコハマトリエンナーレ2014」も8月1日(金)から11月3日(月・祝)までの会期で開催されます。こちらのアーティスティック・ディレクターは、森村泰昌さん。「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」というタイトルです。個人的に着目しているのが、連携プログラムとして開催される「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」。3年ごとの発展的開催を見据えて、今回第1回目が開かれます。
 「オリンピック」と「パラリンピック」。類して「トリエンナーレ」に「パラトリエンナーレ」。障害のある人とない人を区別するのがよいのかどうかは考えの分かれるところですが、一般に障害のない人ほどには障害のある人が芸術と関わる機会を持てずにいる現在、このような試みには意味があると思います。
 さて、3回目となる「あいトリ」。まもなくやってくる芸術監督とテーマの発表を待ちましょう。

投稿者:み。

「挑戦する日本画:1950~70年代の画家たち」展 開会式

7月4日に、「挑戦する日本画:1950~70年代の画家たち」展の開会式が行われました。

開会式には、当館新任館長として、5月1日に就任しました、横井政和、中日新聞社取締役事業担当の森要造、そして、今回の展覧会企画段階からご協力をいただいた、吉田豊田市美術館館長にも、ご参加いただきました。
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この展覧会は、激動する戦後社会において巻き起こった「日本画滅亡論」を超えて、1950年代から1970年代かけて、新しい日本画の創造に静かに熱く取り組んだ画家たちの作品78点をご紹介します。

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「挑戦する日本画:1950~70年代の画家たち」展は、8月24日まで開催しております。
「現代の日本画」を再発見することのできる絶好の機会となりますので、ぜひ名古屋市美術館へお越しください。

7月14日

7月14日は革命記念日ということでパリは祝日。
13日も前夜祭ということで、各地でいろいろなイベントが行われていたようです。

ルーブル美術館の前のチュイルリー公園では、第一次大戦開戦100周年を記念して、当時のベースキャンプの様子を再現していました。
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14日のメインイベントはシャンゼリゼ大通りのパレード。そして夜はエッフェル塔の音楽祭と花火です。
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少し離れたモンパルナスからも、エッフェル塔を見ることができました。
イルミネーションもいつもと違う特別仕様です。
街中の人々が広場に集まり、壮大に打ち上げられた花火に歓声をあげていました。
フランスという国の愛国精神というか、底力を垣間見た気がします。

投稿者:nori

美術館を支えるのはやっぱりコレクションでしょう

7月中旬になるというのに、毎日小雨が降り続け、涼しいのを通り越して寒さすら感じるパリからお届けします。

フランスに出張して5日になりますが思わぬ寒さにびっくり。気温は最高で17~8度という毎日で、街をゆく人の中にはダウン・ジャケットを着ている人まで出る始末です。エッフェル塔も頭の先が雨雲に隠れています。
雨に煙るエッフェル塔

日曜の朝、オランジュリー美術館を目指してコンコルド広場にやってくると、いつもと様子が一変。
いつもと違うコンコルド広場

そうです明日7月14日はバスティーユ監獄を民衆が襲撃したことに始めるフランス革命の記念日。フランスにとっては最も大切な祝日ということで、コンコルド広場を含むシャンゼリゼ通りでは、大規模なパレードが行われ、それを観閲するためのスタンドが急遽できあがっていました。

さて、いつもは開館前から大行列のオランジュリー美術館も、今日は日曜の朝のせいか、それとも小雨降る天気のせいか、並ぶこともなく、すぐに館内へ。モネの睡蓮の大壁画が並ぶ部屋は残念ながら撮影禁止ですが、他の常設展示は写真が撮れます。入口の近くにはルノワールの作品がずらっと一列に並んでいますが、その先の方の突き当たりの壁に何やら見覚えのある作品が。
オランジュリー美術館(1)

近づいて見るとやっぱりそうでした。日本テレビが所有しているルノワール晩年の代表作の一つ《闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラールの肖像》でした。
オランジュリー美術館(2)

なぜこの作品がこんなところに、と思って隣の解説パネルを読むと事情が判明。先頃まで東京の森美術館で開催され、まもなく7月19日から大阪で始まる「こども展」(日本テレビ他が主催)のお返しとして、オランジュリー美術館に貸し出されていたのです。「こども展」はオランジュリー美術館とオルセー美術館の作品を中心に構成されており、たくさんの作品を借りたお礼に日本のルノワールをお貸ししたわけです。こういう例は展覧会を開催するとき珍しいことではありません。やはりお互いギブ・アンド・テイク。大切な作品を借りたいと思ったら、自分も大切なものを差し出さないといけません。つまり、いい展覧会を開くためには、いいコレクションがないといけません。やはり美術館の基本はコレクションですね。

投稿者:F

フライングマン、再び飛ぶ!

 5月5日付けの当ブログの最後に掲載した写真でおわかりのように、今年の3月26日休館日に地下ロビーの上空、およそ8mの高さに展示していたジョナサン・ボロフスキー《フライングマン》を修復および清掃のために、地上に降ろしました。1988年の開館以来、四半世紀以上も“飛んでいた”ことになります。地上に降ろして気づいたことを少し。このフライングマンは、彼自身が見た、空を飛ぶ夢を作品化したものです。その大きさは彼の身長と同じであることは知っていたのですが、脱落しかけていた手の部分は、ゴム製素材に彩色を施したもので、作家自身の手から直接型をとったものでした。下地となるそのゴムが経年により脆くなり、指の部分に亀裂が入ったようです。亀裂部分を補強し、仕上げの補彩をしました。前回のブログにも記しましたが、ジョナサン・ボロフスキーのサインは、個々の作品にシリアル・ナンバーとしてカウントされ続けます。《フライングマン》では、背中の部分に六桁の数字として書き込まれています。
ブログ図版①

それにしても“濃いい”顔です。
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 そして、6月30日休館日に《フライングマン》の展示作業にあたりました。当日の展示・復旧作業は、修復や清掃よりも“大仕事”になりました。地上8mの空中に張られたワイヤーに吊るして固定、設置するには、高所作業台が必要なのですが、生憎当館にはその高さにまで届くものがありません。そこで今回は「何でも貸します」と言ってくれる業者から、高所作業台を借りることにしました。搬入されたのは、作業者が乗るゴンドラが9mの高さにまで昇降し、なおかつ自走するという代物で、4tロングのトラックの荷台に載せられて搬入され、さらに、幅、高さ、奥行きともに3mある荷物用エレベーターにもギリギリ入った姿は、もう正しく重機です。
ブログ図版③

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地下に降りて、所定の位置まで自走し、
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その後アームを伸ばしてゴンドラを目標の高さにまで揚げてみました。
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最高点まで到達すると、心なしか揺れているようにも見えます。
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その後、作品を載せて再び上昇、
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目標の地点に到達後、作品を設置、
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美術館スタッフも固唾を呑んで見守るなか、およそ一時間半で無事作業は終了いたしました。
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およそ三ヶ月ぶりに“飛び上がった”フライングマンは、美術館エントランス総合案内で振り返ると、来館者の皆様と視線が合うように設置されました。皆様のご来館をお待ち申し上げます。
 
 さて、《フライングマン》が“空中”に戻るまで待機していたスタジオには、現在、ナムジュン・パイクの《ロボット家族(お父さん、お母さん)》の二体が収納されています。
ブログ図版⑲

ここ数年、常設展示では紹介できなかった作品ですが、この秋ニューヨークで開催される展覧会への出品が決定、それに向けて、現在修復に当たっています。次回、機会があればその辺りのことをご紹介いたします。

投稿者:J.T.