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「岡崎アート&ジャズ2012」を見てきました!

現在名古屋市美術館では、「青木野枝展」を開催していますが、その青木野枝さんは、来年あいちで開催される「あいちトリエンナーレ2013」の出品作家でもいらっしゃいます。今回は、美術館の空間を生かした素晴らしいインスタレーションを展開してくださっていますが、トリエンナーレでは、美術館での個展とはまた違った側面が見られるのではないかと期待が膨らみ、今から楽しみにしているところです。

いよいよ次回の開催が来年に迫ってきた「あいちトリエンナーレ2013」ですが、そろそろ来年の開催に向けてあちこちで様々な催しが見られるようになってきました。つい先日ですが、あいちトリエンナーレ地域展開事業として開催された「岡崎アート&ジャズ2012」に行ってきました。「アートとジャズで町を巡る体験」ということで、岡崎の中心市街地の各所を会場に現代美術作品の展示やジャズイベントが開催されていました。平日にお伺いした私は、街なかに展開された現代美術の展示を見てきました。

岡崎アート&ジャズ2012
あいちトリエンナーレ地域展開事業 あいちアートプログラム
「岡崎アート&ジャズ2012」平成24年11月1日(木)~12月2日(日)
http://okzartjazz.com/

作品は、町の中心部数箇所と旧本多忠次邸に展示され、それと関連企画で岡崎市美術博物館でも現代美術の展覧会が開催されていました。

あいちトリエンナーレ地域展開事業
「岡崎アート&ジャズ2012」連携企画
光 陰 ―ひかり、かげ、とき―
2012年11月3日(土・祝)~2013年1月13日(日)
http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/bihaku/exhibition/exhibition.html

さて、今日は街なかに展開された「岡崎アート&ジャズ2012」についてご紹介したいと思います。

旧本多忠次邸は、昭和初期に建てられ、近年岡崎市の東公園内に移築復元されたモダンな建物です。

この中で、建築や調度品に合わせて山本一弥さん、木藤純子さん、小柳裕さんの3人が展示していました。寝室などを使った木藤さんの作品は、窓ガラスから差し込む青い光と百合の花の匂いで、幻想的な空間を作り出していました。館内には、当時の持ち主が好んで聴いていた音楽も流され、とてもレトロな雰囲気で、時空を越えてここに住んでいた人の時間と空間が、私たちの時間と空間と交錯するような不思議でいてとても素敵な空間となっていました。


木藤純子《本多忠次邸のためのインスタレーション》(部分)2012年

また、市街地中心部の展示会場のシビコというショッピングセンターでは、6組の作家が展示していました。中でもとても興味深かったのは、D.D.というアーティストユニットの作品です。


D.D.(今村哲+染谷亜里可+映像:出原次朗)《半熟卵の構造》2012年

このユニットは、名古屋市美術館でもお馴染みの作家さん、今村哲さん(第2回ポジション展出品作家)と染谷亜里可さん(第3回ポジション展出品作家)が中心となって結成されたアーティストユニットです。実は私は昨年、同ユニット作の体験型インスタレーションを栄にある愛知県立芸術大学サテライトギャラリーでの展示を拝見(体験)して、とても興味を持っていました。体験型インスタレーションは巨大な空間装置で、中に入るとどこか物語の世界の中に紛れ込んでしまったような感じで、お化け屋敷のようと言っては失礼ですが、先に何が起こるのか全く分からず、どきどきしながら進んでいくのです。それぞれの体験は一過性で、まるで演劇世界を体感する装置のようなとても不思議な作品でした。


作品入り口

今回の作品では、来館者は布と布の間の、とても人が入っていくようには見えない空間の中をぬって巨大な迷路を体験します。入れそうにもないような場所をもどかしい動きをしながら進んでいくと、知らず知らずのうちに別の空間にたどりつき、進んでは戻り、また道を探すという行為を繰り返しながら、様々な空間に出会うと同時に不思議なオブジェや映像空間を体験していくというものでした。展示場で手渡された『作品鑑賞の手引き』によると、「壁抜け」「川渡り」「5階立て」という3つの構造体から成り立っているとのことです。


「川渡り」のところ

もぞもぞしながら、なかなか前に進めないもどかしさを感じつつも、なんとか道を見つけることができました。何度か同じところに出たりもしましたが、不思議とどこかに道が開けてくるようになっていて、本当によく考えられています。ただ、問題は季節柄、毛糸のものを身につけているために静電気が激しかったことです(笑)。とはいえ、このようなほかではどこにも見たことのない(体験したことのない)作品は衝撃的で、すいすい進めないもどかしさ、異空間に紛れ込んでしまい出られなくなってしまったように思えて来て感じた焦燥感や不安感、そして通り抜けることができた時の開放感など、短い時間に壮大な物語を体験するように様々な感情の展開を体験するという、なんと言うかトータルな感覚(ちょっと変な表現ですが、、、。)を味わえます。とにかく、まだまだこのユニットの作品を見て(体験して)みたいです!

ほかにも、シビコ屋上には前回のトリエンナーレでも大活躍していた木村崇人さん、浅井裕介さんの作品を目にすることができましたし、またインフォメーションセンターでは、前回のトリエンナーレでゆるキャラのLOVEちくんで一躍大ブレイクした斉と公平太さんが岡崎にちなんだ「オカザえもん」というキャラクターを制作、グッズを販売していました。前回のあいちトリエンナーレを思い出し、少し懐かしい気持ちとともに、それぞれの作家さんのご活躍ぶりにうれしくなりました。これからも応援して行きたいです。


斉と公平太《オカザえもん》2012

ところで、各展示場所では、トリエンナーレの時のように案内監視のボランティアさんが活躍していました。このような街なかを会場とした展示では、美術館とは違い、どこに作品があるのか分からないといったことや道に迷ったりしてしまうこともあります。実を言うと「岡崎Art & Jazz」では、表示はとても分かりやすかったのですが、それでも初めて行った場所だったので、入り口が分からず少しうろうろしてしまったり、作品の位置がすぐには分からず見逃しそうになったりしてしまいました。そういった時にボランティアさんが声をかけてくださると、「ああ、ここだったのか」と分かるし、ボランティアさんとのコミュニケーションもとても楽しいものです。ずっと作品の近くにいらっしゃるので、作品の見どころ、楽しみ方をいろいろ教えてくださったりもします。

岡崎城の東隅櫓の中に展示されていた平田五郎さんの作品は、蝋で作られた巨大な箱で、観客はその瞑想的な空間に入ることもできるというもので、とても美しい作品だったのですが、そこにいらっしゃったボランティアさんによれば、私が訪れた曇りの日よりも晴れた日のほうが、外からの光が透けて見えてもっと美しいのだそうです。


平田五郎《Mind Space 箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中の箱の中に、白く輝くまるい月があった》2012年

展示場所でのボランティアさんとの会話を通じて改めて、見る人を魅了していく現代美術の作品というのはとても不思議な存在だなあと思いました。制作するのには、作品によっては莫大な材料費と膨大な時間がかかり、展示した後も、お客さんに見られなければならない、そのためには、チラシやポスターなどを作って広報をしたり、展示場所では作品を守る人が必要だったり、作家のアイディアから始まった作品は、展示という形になるまでに、本当に多くの様々な人の手がかけられています。

「これまで現代美術なんて分からないし、見たこともなかったのだけど、これはインスタレーションと言うらしくて、これは空間そのものを作品として提示している作家さんの作品なのですよ。この作品のここがとても素敵だなあと思うので、ぜひ、見ていってください」といった風に、声をかけてくださるボランティアさんの様子を見ていると、作品とともにいることで作品に愛着を深めていらっしゃることがよくわかります。作られた作品、作った人のアイディア、理想、作るために費やされたエネルギーに感嘆し、敬意を持ち、その作品を守り伝えていこうとしていらっしゃるのだなあと思います。

前回のトリエンナーレの時もそうでしたが、このような街なかでのプロジェクトの多くで、それまで現代美術には興味がなかったという人々が、作品や作家と関わることで現代美術に対する考えが変わったということをよく聞きます。

以前、越後妻有トリエンナーレなどの総合ディレクターを務めていらっしゃる北川フラムさんの講演会を聞きに行ったことがあります。その時に「現代美術は赤ちゃんと一緒なんだ。赤ちゃんはみんなが手をかけてあやしてお守りをしていかなければならない。でも、赤ちゃんは自身の成長とともに、育てている周りの人も成長させていく。現代美術もそれと同じで、人をつなげることができる、アートを通じてコミュニティは成長していくことができる」といったお話をされていました。当時、それを聞いた私は「なるほど~」と、ひどく感動したのですが、このお話を思い出して北川さんの本を読み返していたら、次のように書いていらっしゃいました。

「二〇〇六年の芸術祭で、僕は毎日ほとんどツアーガイドをしていたが、解説をしながら「これは赤ちゃんと同じではないか」と思うようになった。面倒、やっかい、うるさい、言うことを聞かない、生産性がない、まさにそれ自身としてはどうしようもない、ほうっておけば壊れてしまう。それをお婆ちゃんや隣近所のおばさんが来て、「そんなもんだよ、私が見ててやるから。少し休んでいなよ」なんて言ってカリカリしてテンパっている母親を慰めたりしている。そんな情景が思わず浮かんできた。そうこうしているうちに周囲のものが仲良くなってくるのである。美術は生理の発現であるが故に無垢なのだ。そして面白い。(中略)手のかかる赤ん坊は人を呼ぶ力をもっている。」(北川フラム『大地の芸術祭』角川学芸出版2010年P.67)

現代美術の展示を通じて、その町の人の何かが変わっていくということ、前回のトリエンナーレを体験した私も、特に会場となった長者町で、その変化の雰囲気を肌で感じました。実際には、その変化というものは、何年も何十年もずっと続いていって初めて、町の変化としてそれはどういうことだったのかということが少し目に見えてくる、そういうものなのかもしれません。でも、トリエンナーレの時に、その変化の兆しのようなものを確かに感じたのでした。

北川さんの言うように、美術は生理の発現であるが故に無垢であり、そしてエネルギーに満ちているのだと思います。究極的には、その赤ちゃんのような創造力のエネルギーに感嘆し、敬意を払い、人の創造力を大切にすることを通じてそれぞれの人を大切にするということが、私たち人間が持ちうる「文化」ということなのかなあとも思います。

12月1日には岡崎市図書館交流プラザで、トリエンナーレスクールの一環でその北川フラムさんのレクチャーが開催されていたようです。残念ながら、私はお話を聞きに行くことができませんでしたが、機会があれば、ぜひまたお話をお聞きしたいです。

ところで、名古屋市美術館も開館して、もうすぐ25周年を迎えます。毎年入場者数の獲得に悩んでいるとはいえ、それでも、1年に数十万人の来館者の皆様をお迎えしています。微力ではあるとは思いますが、この名古屋の町で名古屋の人々に何がしかの「文化の灯」をつなげるお手伝いが出来ているといいなあ、いや、そういう活動を続けていけるように頑張らなければいけないと思う今日この頃なのでした。

写真撮影:尾野訓大

投稿者:hina

《死の仮面を被った少女》と子どもたち

学校団体で小学生が来館したとき、フリーダ・カーロの《死の仮面を被った少女》は、なかなかの人気です。

一見怖い絵なんですが、子どもは惹きつけられるものがあるようです。自分たちと同じように、子どもを描いた絵であるというのも、ひとつの要因でしょう。

この作品は、カーロが若い時に遭った事故の後遺症が原因で生まれて来なかった女の子を描いたもので、手に持っている花は天国にいる女の子が戻って来れるよう道案内する花、足元の虎の仮面は、魔よけなんだよ、というお話をすると、怖いという印象よりも、可哀想とか切ないといった印象の方が強くなるようです。

ハガキ大ほどの小さな小さなこの作品が、子どもたちにいろいろなことを考えさせ、強い印象を残すことは、不思議でもあり、芸術作品の凄さでもあるなあと思います。

この絵は特別な貸し出しの時以外は、大体いつでも名古屋市美術館の常設展に飾られています。ぜひ、来館して実際にご覧ください。

※常設展は1/6(日)まで開催中です(12/29~1/3は休館)。
その後、館内空調工事のため、1/7(月)~3/15(金)の間、休館させていただきます。
リニューアルオープンは3/16(土)~となります。
ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

投稿者:akko

“さようなら、ペヴスナー。”

名古屋市美術館の常設展示室で展示・紹介している作品は、基本的には当館の所蔵品ですが、なかには個人や企業が所蔵する美術作品も含まれています。個人の方がご所蔵され、それでもご自身一人で鑑賞するだけではなく、市民の皆様にも見ていただきたい(あるいは見せたい)という意思をお持ちの方には、「美術館の万全の環境でお預かりいたします。その代わり常設展示室で展示させていただきます。」という条件で作品を収蔵しています(勿論、美術館の常設展示室で展示・紹介するにふさわしい優れた作品かどうかという審査がありますが)。この制度を「寄託制度」と呼び、当館では二年更新で保管・展示をしています。購入や寄贈によって収蔵された作品は、名古屋市の財産として永久所蔵となるわけですが、寄託作品は、ある日突然所蔵者の手許に引き取られることもあります。


アントワーヌ・ペヴスナー《コンポジション》

今年の夏、常設展示室で展示されていたアントワーヌ・ペヴスナー《コンポジション》も寄託作品の一点でした。すでに三期五年にも亘ってご寄託いただいていたのですが、所蔵家からの申し出を受け、去る10月1日を以て寄託を解除、その後海外の個人所蔵となったようです。貴重な作品でもあり、誠に残念ではありますが、“泣く泣く”ご返却申し上げた次第です。

『アート・ペーパー』87号(2011年秋号)で紹介しましたとおり、同作品はキュビスムが平面から立体、さらには空間へと大きく展開した時期に制作されました。当館では、キュビスムによる作品をさほど多くは所蔵していないのですが、それでも、キスリングの《静物》(1913年)やローランサンの《サーカスにて》(c.1913年)、あるいはディエゴ・リベラのパリ留学時代の秀作《スペイン風景(トレド)》(1913年)、さらにはザツキンの彫刻作品《扇を持つ女》(1923年)等の所蔵作品と並べて展示すると、ペヴスナーの作品はキュビスムが模索した構図と構成の実験とその成果を比較・対照できる、絶好の、そして筆者にとって“お気に入り”の一点でもありました。さらに、この作品には表現ばかりでなく、もう一つ大きな“魅力”がありました。その裏面には一枚の印刷された写真が貼られていたのです。

写真には、テーブルを挟んだ14名の男性が写っています。室内と思われますが、全員がコートと帽子を着用したままで、まさに食卓に着いたところでしょうか。テーブルの右端に座っている男性は士官のようですが、その他の人物はウシャンカと呼ばれるロシア帽子を被っていることから、この一群がロシア軍に所属していることを知らせます。そして画面左手前から四人目のひげを蓄えた人物は丸で囲まれ、その向かい手前から五人目と二人目にはそれぞれ「1」と「2」という数字が書き込まれています。

丸印をつけられた人物が作家本人かどうかは現在までのところ確認できていません。ただ、少なくとも、だが確実に言えることは写真が撮影されたのがパリではなく、また写真が貼られたのは作品が制作された後であるということです。

作品が製作された1915年、ペヴスナーはパリを離れ、既に彫刻制作を手がけていた弟のナウム・ガボに合流し、一時期オスロに滞在しています。その後1917年にはモスクワに赴き、同地で美術アカデミーの教授を務めています。1917年と言えば、ペトログラードでのデモに端を発した暴動がモスクワにも波及した、ロシア革命の年にも当たります。この写真は、その時期の生活の一端を我々に知らせるものかも知れません。

現在、パリではアントワーヌ・ペヴスナーのカタログ・レゾネの編集作業が進められています。当館にかつて寄託されていた作品《コンポジション》も収録・掲載されるとのこと。その時、裏面に張られた写真の出典をたどれたならば、進行する革命の真只中で、画家はどのような日々を暮らし、そして彫刻へと転身して行ったのかについての手掛かりともなるでしょう。もう少し調べてみて、何か判明しましたらご紹介したいと思います。

投稿者:J.T.