カテゴリー別アーカイブ: 展覧会情報

特別展「カラヴァッジョ展」記念講演会

本日10月26日、名古屋市美術館2階講堂において、特別展「カラヴァッジョ展」記念講演会を開催しました。

講師は本展監修者で東京大学名誉教授・同大特任教授の小佐野重利氏、テーマは「カラヴァッジョ―時代の申し子あるいは挑戦者―」です。

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180名の定員が満席の状態で、講演会は定刻14時から始まりました。

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他の画家の作品との比較などを織り交ぜながら、カラヴァッジョの作品について貴重なお話をしていただきました。

本展の会期は、本日より12月15日(日曜日)までです。

11月10日(日曜日)には、神戸大学教授の宮下規久朗氏を講師にお迎えし、「カラヴァッジョと斬首」をテーマに記念講演会を開催します。

また、常設展「名品コレクション展II」では、今年6月に当館へ寄贈された藤田嗣治の絵画「二人の祈り」「夢」も展示中です。カラヴァッジョ展入場券でご観覧いただけますので、是非こちらもご覧ください。

特別展「カラヴァッジョ展」開会式及び内覧会

昨日10月25日、特別展「カラヴァッジョ展」の開会式及び内覧会が行われました。

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開会式には、主催者の名古屋市美術館、中日新聞社及びCBCテレビの関係者の他に、ご来賓として、駐日イタリア大使ジョルジョ・スタラーチェ閣下、メタモルフォジ財団理事長ピエトロ・フォレーナ様はじめイタリア側関係者及び、国内の協賛各社代表の方々にご臨席いただきました。

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あいにくの雨天にもかかわらず、大変多くの方にご来場いただき、内覧会は大いに賑わいました。

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驚異的な画力と斬新な発想によって、400年前の美術界に新風を吹き込んだイタリアの天才画家カラヴァッジョは、バロック絵画の先駆者として名高く、ルネッサンスの巨匠であるレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロに加えてイタリアの四大画家といっていいほど重要な存在です。日本ではほとんど見られない貴重なカラヴァッジョの作品と、その追随者ら同時代の画家たちの作品、あわせて40点をご紹介します。

日本で3度目、東海地方では18年ぶり、名古屋では初となるこのカラヴァッジョ展で、イタリアの巨匠の真の魅力と影響力の大きさを直に体感してください。

本展は、本日より12月15日(日曜日)まで開催いたします。

常設展「名品コレクション展II」では、今年6月に当館へ寄贈された藤田嗣治の絵画「二人の祈り」「夢」も展示中です。カラヴァッジョ展入場券でご観覧いただけますので、是非こちらもご覧ください。 

皆様の名古屋市美術館へのご来館をお待ちしております。

特別展「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」閉館後の展示室内での特別鑑賞会「クラシックの夕べ」

  5月18日(土)17時より、閉館後の特別鑑賞会「クラシックの夕べ」(事前申込制)を開催しました。

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 はじめに、学芸員が、講堂でスライドを使って、展覧会の見どころを解説しました。

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 展示室内でモネの「サン=ジェルマンの森の中で」「睡蓮」を背景に、セントラル愛知交響楽団の演奏をお聴きいただきました。 

 ヴァイオリン奏者は、吉岡秀和さん、ハープ奏者は、神谷知佐子さん、ナビゲーターは、山本雅士さん(セントラル交響楽団音楽主幹)です。 

 名画を前に、美しい演奏に魅了されたひとときとなりました。

 アンコール曲は、「亜麻色の髪の乙女」(ドビュッシー)で、会場内からの大きな拍手で演奏が終わりました。

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 最後に、美しい演奏の余韻に浸りながら、学芸員のギャラリートークもあり、時間まで名画をたっぷりと鑑賞していただきました。

 名古屋市美術館の特別展「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」は、5月26日(日)まで開催しておりますので、是非、お越しください!

特別展「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」アートトーク

4月21日、中区役所ホールにおいて、編集者・評論家の山田五郎氏を講師にお迎えして、「吉野石膏コレクションの楽しみ方」をテーマに、特別展「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」の関連事業「アートトーク」を開催しました。

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事前申込制の講演会で、定員約500人のところ、応募が、1500人を超えたため、抽選をさせていただき、当選の方にご参加していただきました。

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山田五郎さんからは、「印象派とは何か」「古典主義」「ロマン主義」そして、「エコール・ド・パリ」まで、盛りだくさんのお話が、会場内が時に笑いに包まれるなど、とても楽しい講演会となりました。

名古屋市美術館の特別展「印象派からその先へー世界に誇る吉野石膏コレクション」は、5月26日(日)まで開催しておりますので、ぜひ、お越しください。

 

 

 

 

 

 

 

 

特別展「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」開会式及び内覧会

4月8日、特別展「印象派からその先へ―世界に誇る吉野石膏コレクション」の開会式及び内覧会が行われました。

 

開会式には、主催者の名古屋市美術館、中日新聞社、日本経済新聞社、テレビ愛知及び共同通信社の関係者の他に、ご来賓として、吉野石膏株式会社名古屋支店長、公益財団法人吉野石膏美術振興財団事務局長、公益財団法人山形美術館館長にご臨席いただきました。

 

当日は、天候に恵まれたこともあり、大変多くの方にご来場いただき、内覧会は大いに賑わいました。

    

吉野石膏株式会社及び吉野石膏美術振興財団が所蔵する、19・20世紀フランス絵画及び近代日本画の作品群「吉野石膏コレクション」。山形美術館に現在は寄託されているそれらの中から、このたびはミレー、モネ、ルノワール、ゴッホ、ピカソ、シャガールなど、西洋近代美術の傑作をまとめて紹介する、中部地方では初めての展覧会です。

本展は、5月26日(日曜日)まで開催いたします。是非名古屋市美術館にお越しください。

名古屋市美術館開館30周年記念特別展「辰野登恵子 ON PAPERS:A Retrospective 1969-2012」開会式・内覧会

2月15日、名古屋市美術館開館30周年記念特別展「辰野登恵子 ON PAPERS: A Retrospective 1969-2012」の開会式及び内覧会が行われました。

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開会式には、主催者の名古屋市美術館及び中日新聞社の関係者の他に、辰野登恵子様のお姉様である平出利恵子様と、姪御様の平出加菜子様にご臨席いただきました。

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当日は、晴天に恵まれたこともあり、大変多くの方にご来場いただき、内覧会も賑わいました。

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辰野登恵子(1950-2014)は、長野県岡谷市に生まれ、日本の現代美術における絵画の潮流に影響を与えた画家のひとりです。東京藝術大学に学んだ後、1970年代にドット(点)やグリッド(格子)、ストライプなどの規則的なパターンを用いた版画を発表し、若くして注目を集めました。ほどなくして表現手法を油彩に移すと、それまでの理知的で抑制された表現とは対照的に、豊かな色彩で有機的な形象のある絵画空間を追い求め、亡くなるまで自らの作品世界を深化させ続けました。1995年には東京国立近代美術館で当時最年少、かつ存命の女性作家として初めての個展を開催しています。

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今回の展覧会では版画やドローイングなど紙の上の表現に光を当て、大型の油彩が高く評価された辰野の画業を再検証します。初期のシルクスクリーンによるコンセプチュアルな作品に限らず、油彩の制作を本格的に始めてからも、彼女はそれと並行してエッチングや木版、リトグラフなどさまざまな版種による版画制作に取り組んでいました。油彩での試みを版画で追体験する、あるいは版の仕事での成果を油彩に反映させるなどの往還によって、辰野が創作の幅や深みを増していったことが想像できます。また、油絵具やパステルによる大型のドローイングは、単なる下絵の域を超え、画家にとって重要な実験の場となっていたこともうかがえます。

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画家の死後、初めて巡回開催される回顧展でもある本展は、これまでまとまった展観の機会が限られてきた紙の仕事を中心に、油彩30点を含む約220点の作品で構成します。辰野登恵子の40年余りにわたる軌跡に新たな視座を与えてくれるはずです。

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本展は、3月31日まで開催いたします。是非名古屋市美術館に足をお運びください。

名古屋市美術館開館30周年記念特別展「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」開会式

2月7日、名古屋市美術館開館30周年記念特別展「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」の開会式及び内覧会が行われました。

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開会式には、主催者の名古屋市美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会及び中京テレビ放送の関係者をはじめ、展覧会開催にあたってクーリエとして協力をいただきましたヴィトラ・デザイン・ミュージアムのベルンハルト・ニッケル様にご臨席いただきました。

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当日は、木枯らしの吹く寒い日となりましたが、大変多くの方にご来場いただき、内覧会も賑わいました。

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アルヴァ・アアルトは、北欧・フィンランドが生んだ建築家であり、木やレンガなどの素材を生かし、周囲の自然環境との調和を図る建築で知られています。

彼は建築のみならず、デザイナーとしての手腕も発揮しており、この展覧会では、模型や図面のほか、ドアの取っ手や家具、照明、ガラス器までデザインしたアアルトの温かみある作品を紹介しています。

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本展では、アアルトがデザインした椅子などを触ったり、座ったり、記念撮影できるコーナー「ウスタヴァコーナー」を設けましたので、アアルトのデザインの素晴らしさを体感してください。

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また、地元の大学生たちが制作したアアルト設計の図書館の模型も展示しておりますので、こちらも是非ご覧ください。

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本展は、来年2月3日まで開催いたします。是非名古屋市美術館に足をお運びください。

 

「真島直子 地ごく楽」開会式

3月2日、「真島直子 地ごく楽」の開会式が行われました。

開会式には真島直子氏もお迎えし、作家を中央に囲んでのテープカットとなりました。

開会式

本展では、〈地ごく楽〉シリーズなどの代表作品に初期作品と油彩画の近作を加えて作家の創作の歩みを紹介します。本展は、名古屋市出身の作家にとって郷里で開催されるはじめての大規模個展となります。

作品には、白い大画面に鉛筆のみで描写された「鉛筆画」、多色で鮮烈な印象を与えるオブジェやインスタレーションによる立体作品などがあります。

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展示室2

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3月24日(土)午後2時からは、本展覧会を企画した当館学芸員の解説会を開催します。

定員は先着180名で2階講堂にて無料でご参加いただけます。

みなさまのご参加をお待ちしております。

「真島直子 地ごく楽」は、4月15日(日)まで開催しております。

みなさまお誘い合わせの上、ぜひお越しください!

展覧会カタログ校正の仕事

 

 展覧会の準備過程における大きな仕事のひとつに、図録作成があります。1冊の図録が完成するまでに、印刷や製本以外にもさまざまな工程を経ます。予算や納期に余裕があれば外部に委託する翻訳や校正などの作業を、諸般の事情から学芸員が担うことも珍しくありません。

 昨年末から年明け1月にかけて、3月初旬から始まる真島直子展の図録の校正作業が続きました。もちろんテキストを執筆した学芸員も校正しますが、仕事の一環とはいえ自分で書いた文章を何度も客観的に見直すのは意外と難しいものです。そこで展覧会サブ担当がまっさらな眼で一字一句確認します。「内容を細かく理解していない人間が校正をして役に立つの?」と思われるでしょうが、実際に図録を手にする来館者と近い視点で文章に目を通し、分かりにくさや助詞の不自然さなどを客観的に指摘してくれる存在は、校正作業に欠かせません。

 誤字脱字に始まり、漢字の変換ミス、送り仮名やルビの過不足、旧字と新字の混用、外国語のスペルミス、表記の揺らぎ、図録に収録される出品リストや年譜などの資料との整合性、文字と文字との間隔や行間、文字のサイズ違い、書体(フォント)の違いなど確認項目は、山のようにあります。これ以上ないというほど丁寧に見たつもりでも、納品されたカタログに漏れや見落としを発見して、凹むこともしばしばです。

 単純に文字だけ追っていては気づけない間違いもあります。別の展覧会でのことですが、図録校正中に出品リストの寸法の欄を見て「輸送トラックに積載可能な大きさを超えている?」と思って確認したところ、0が一つ多かったことがありました。直接見たことのある作品ではなかったのですが、展覧会のメイン担当者から「今回は重量のある立体作品ばかりで、輸送にトラックが何台必要になるか…」との話を何度も聞いており、作品積み込みのイメージが漠然と頭の中にあったことが功を奏したのでしょう。単純な入力ミスとはいえ、後々まで資料として残るものですから、慎重を期すに越したことはありません。

 われわれ学芸員の校正作業は、校閲のプロとは比べものにならないほど甘いものですが、実際に作品を取り扱う立場でしか気づき得ない観点から少しでも役割が果たせるとホッとします。

校正を通して一語一語に向き合い、筆者がどのような意味合いで使っているのか分析するように読むのも楽しいです。そんな呑気なことを言っていられるのも今のうちかもしれませんが…(老視は校正の敵)。

 この原稿がアップされる頃には、図録は制作の最終段階、展覧会の準備もいよいよ迫ってきます。3月3日(土)からの真島直子展、どうぞご期待ください。

 

 

投稿者:3

常設展から―郷土の美術 斎藤譲コレクションによる北川民次の版画

 ただいま常設展示室2では、郷土の画家北川民次による版画を展示・紹介しております。【図1】【図2】

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【図2】

北川民次(1894-1989)は、生涯に340点を超える版画を制作しました。彼が初めて版画制作を手掛けたのは、1925年6月にメキシコ、トラルパムの野外美術学校に助手として赴任した時に遡ります。当時同校の校長であったフランシスコ・ディアス・デ・レオンは、民次に木口木版の技法を教え、また、彼らは技法書を紐解きながら、銅版画の制作にも当たりました。

1936(昭和11)年、タスコの野外美術学校を閉鎖、帰国した北川民次は、妻の実家があった瀬戸に滞在し、翌1937(昭和12)年には、リノリウム版11点による版画作品《瀬戸十景》を制作しています。大胆な刻線と、黒と白の対比と反転によって「焼き物」のまち・瀬戸の情景を表現した連作は、日本の近代版画のなかでも高く評価されています。【図3】

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【図3】

 戦後、北川民次は銅版画や石版画(リトグラフ)を精力的に手掛けています。その契機となったのが、美術評論家の久保貞次郎との「共同作業」でした。児童美術教育運動を推進していた久保は、画家たちに版画制作を薦め、絵本や詩画集等を出版しました。戦後の混乱と貧困を経て、人々の生活に少しの余裕が出てきたこの時期、部屋に飾る手軽な美術として、版画が流通するようになりました。1957(昭和32)年には〈東京国際版画ビエンナーレ〉が開幕し、また〈美術出版社〉が「版画友の会」を設立し頒布を始めると、画家たちの間でリトグラフの制作が盛んに行われました。

そうしたなかで、北川民次は「母子像」と「花」で愛好者を増やし、1968(昭和43)年には10点による「花と母子像」【図4】【図5】という題名の版画集を刊行しています。

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【図4】

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【図5】

 美術評論家であり、パトロンでもあった久保は1967年、毎日新聞に『国立性芸術図書館』と題した一文を寄稿しています。「政府の市民の言論表現の自由に対する抑圧的態度を揶揄(やゆ)して国立の図書館が、エロティカを蒐集し、公開すべきだ」と主張する久保に賛同した画家たちは、「国立がそれを始めるまで、お前のコレクションにと、いろいろなエロティカを寄贈してくれた」そうです。靉嘔(あいおう)の《レインボー北斎》もその一点だったということです。この時民次は、7点のエッチングを制作しています。【図6】

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 今回の展示では、斎藤譲氏からご寄贈いただいた版画作品で北川民次の制作の全貌を辿ります。

同氏は1958(昭和33)年、〈株式会社日動画廊〉に就職、画商としてそのキャリアをスタートされました。1971(昭和46)年に名古屋に赴任された後は、鬼頭鍋三郎や伊藤廉、鴨居玲といった画家たちの作品を紹介されて来られました。

北川民次については、1977(昭和52)年に『北川民次版画全集1928-1977』【図7】を編集・出版されるなど、その作品の収集と普及に尽力されました。

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【図7】

 貴重な作品を寄贈いただきました斎藤譲氏ご夫妻に厚く御礼申し上げます。12月3日(日)までの展示となります。どうぞお見逃しなく。[J.T.]

投稿者:J.T.