カテゴリー別アーカイブ: 作品紹介

ピンクボート、東京へ!

現在休館中の名古屋市美術館ですが、当館の収蔵作品は、他の美術館でもご覧いただくことができます。

今回ご紹介するのは、現在は森美術館(東京・六本木)で展示されている、草間彌生の作品《ピンクボート》です。1992年に制作された本作品は、その翌年に当館に収蔵されて以来、皆様に親しまれてきました。2018年に開催された、当館30周年を記念した展覧会「ザ・ベスト・セレクション」でご覧になった記憶が、新しいかたも多くいらっしゃるのではないでしょうか。

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草間彌生《ピンクボート》1992年

この「ピンクボート」は、横幅3.5メートルもある超大型の作品。搬出は午前中いっぱいかけて行われ、当館からは学芸員2名が立ち会いました。

まず作品収蔵庫で、取れかかっている房はないか、大きな汚れはないか…など、普段あまり見る機会のない底面まで作品の状態を念入りに点検します。そして今回のために特別に用意した、大きな木箱(クレート)に入れていきました。片側だけ壁をたてた状態で、美術専門の作業員さん達が慎重に作品の置き場所を調整中。

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無事に梱包され、数人がかりでゆっくりと輸送トラックへと運びこまれていきました。移動した際の万が一の場合に備えて、箱の外側には青いクッションも備え付けられています。トラックの入り口には、心配そうに見守る当館学芸員。

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「ピンクボート」は、東京へむけて旅立っていきました。

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現在開催中の展覧会はこちら。

STARS展:現代美術のスターたち—日本から世界へ
2020年7月31日(金)~2021年1月3日(日)
森美術館(東京)

その名のとおり、日本の現代美術の「スター」作家6名を紹介する、大規模な展覧会です。こちらは、草間彌生の展示室。1960年頃の初期作品から最新の絵画シリーズまで、草間作品に通底するコンセプトとその展開を追うことができます。当館の「ピンクボート」は、部屋の中央に展示されていました!

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展示風景:「STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ」森美術館(東京)、2020年
撮影:高山幸三 画像提供:森美術館
Installation view: STARS: Six Contemporary Artists from Japan to the World, Mori Art Museum, Tokyo, 2020 Photo: Takayama Kozo Photo courtesy: Mori Art Museum, Tokyo

手前にある高松市美術館所蔵の《無題(金色の椅子のオブジェ)》や、京都国立近代美術館所蔵の《トラヴェリング・ライフ》とゆるやかな連関をみせつつ、そのビビッドなピンク色で抜群の存在感を放っています。

このように名古屋市美術館のコレクションのなかには、日本全国から、また海外からも、貸出(展覧会出品)依頼をいただく作品が多く存在します。より多くのかたに作品をご覧いただく貴重な機会に今後も協力できるよう、これからも収蔵作品の修復・安全な管理を続けていきたいと思います。

藤田嗣治の絵画《二人の祈り》《夢》を、8月1日(木曜)より常設展示室で公開します

6月21日(金曜)、オリエンタルビル株式会社取締役社長の平松潤一郎様より、藤田嗣治の絵画《二人の祈り》《夢》をご寄贈いただき、名古屋市役所において作品寄贈式が行われました。

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あわせて、河村たかし名古屋市長から、ご寄贈に対する市長感謝状が平松様に贈呈されました。

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今回ご寄贈いただいた2点は、ともに令和元年8月1日(木曜)から令和2年3月1日(日曜)までの間、当館常設展示室にてご覧いただけます。是非お越しください。
(令和2年3月2日以降の展示については未定です)

フリーダ・カーロ《死の仮面を被った少女》はボストン美術館に展示中です

ホームページですでにお知らせしましたが、フリーダ・カーロの《死の仮面を被った少女》は、現在、アメリカのボストン美術館の企画展「Frida Kahlo and Arte Popular (フリーダ・カーロとメキシコの民芸)」展に展示中です。フリーダ・カーロは、メキシコの伝統的な文化を伝える民芸品、衣装に強い関心を寄せ、収集していました。この展覧会は、フリーダ・カーロがこうしたメキシコの民芸からどのように影響を受け、作品制作の着想を得ていたかを探る展覧会です。

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作品は専用の輸送箱に入れ、早朝当館を出立し、成田から空路でボストンへ。およそ1日かけて運びました。展示の際には、油彩画、額の修復を専門としている二人の職員と作品が無事に到着したことを一緒に確認。そして、しっかりと壁に設置しました。隣には、作品に描かれている仮面と同様のジャガーの仮面が展示されています。展覧会は6月16日まで開催されています。

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ボストンの2月はまだまだ冬。街も雪景色でした。そんな季節にボストン美術館では、「Ansel Adams in our time (今の時代におけるアンセル・アダムス)」という大規模な展覧会が開催されていました(2月24日終了)。アダムスは、ヨセミテをはじめアメリカの美しく広大な自然をとらえた写真で知られ、日本にもファンが多い作家ですが、このたびはアダムスが撮影した作品とその後の写真家たちの活動との関連・影響を探る展覧会でした。会場を出たところには記念撮影ができる場所が設けられており、またヨセミテのライブ映像が見られるスポットもありました。

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I.Mペイの設計によるボストン美術館西館は天井が高く、気持ちのよい空間です。そこにはどこかで見たような作品が・・・。名古屋市美術館にて展示している《フライングンマン》を制作したジョナサン・ボロフスキーの作品です。ボロフスキーはボストン出身のアーティストで、ボストン美術館内にも「数人」が飛んでいました! (I.)

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帰ってきた「農家の娘」…「クーリエ」の仕事について

当館からランス美術館(フランス)に貸し出していた作品、ハイム・スーチン《農家の娘》の返却輸送が、台風被害によって延期になったというお話を、本年9月にここで書きました。今回は、そのお話の続きをご紹介します。

その後、約1か月遅れで作品は無事に返却され、開館30周年記念「ザ・ベスト・セレクション」展に会期途中から登場。たくさん方々にご覧いただくことができました。展覧会が閉幕し収蔵庫に戻って一息、と思っていたところ、現在開催中の名品コレクション展にも続投。“娘”の活躍は続いております。

さて、ここでお話しするのは、作品輸送にともなう「クーリエ」の仕事についてです。クーリエとは、美術作品の輸送に随行し、作品の梱包や開梱に立会い、作業を監督する役割のことをさします。今回は、海外美術館での展示を終えた作品の状態をチェックし、梱包し、トラックおよび航空機での輸送に随行することが仕事でした。

まず、ランス美術館にて、レジストラー(作品貸出等の担当者)と一緒に作品の状態を確認します。展示が始まったときから、亀裂や剥落など表面の状態に変化がないか、輸送時に破損しそうな危険な部分はないかを入念に確認します。その後、長距離の輸送に耐えられるよう、しっかりと梱包し木箱につめたら、トラックに積み込みます。

輸送に使用するトラックは、美術作品を良い保存状態に保つため、温湿度を一定にキープする空調設備や、移動時の衝撃を和らげるシステムなどが装備されています。基本的には安心・安全なのですが、日本と海外では習慣が異なる場合もあるので、温湿度やセキュリティがどのように管理されているのかを丁寧に確認し、現地スタッフと情報共有しながら作業を進めます。

空港に到着したら、作品は貨物として航空機に搭載する手続きをします。このとき、作品の木箱のそばに水分を多く含んだ品物などが置かれていないかどうかを確認しなければなりません。今回も1点ずつ確認していると、ワインの木箱が発見されたので、避けてもらいました。

慣れない外国語での専門的なやり取りは大変なこともありますが、かえってコミュニケーションをゆっくり、丁寧に行えるという利点もあります。フランスの現地スタッフの皆さんは、貸出側の不安が残らないように配慮しながら作業を進めてくださり、ありがたい限りでした。(haru)

 

作品を壁から慎重に取り外しているところ

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作品の状態チェック

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あの場所は今:ユトリロが描いた「ノルヴァン通り」

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エコール・ド・パリの優品を数多く所蔵する名古屋市美術館。コレクションのきっかけは、愛知県稲沢市出身で、50年以上もパリに滞在し、現地の風景を描き続けた画家・荻須高徳の存在でした。荻須が描いた場所は、稲沢市荻須記念美術館の調査などによって、いくつも特定されています。例えば当館が所蔵する荻須の代表作《洗濯場》が描かれた場所は、パリ市内ではなく、パリの北部に隣接する都市・オーベルヴィリエであることがわかっています。

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さて、当館を代表する風景画、モーリス・ユトリロの《ノルヴァン通り》は、パリの道の名前がタイトルになっていますので、場所の特定は難しくありません。ノルヴァン通りは、パリ北部の小高い丘の一帯、モンマルトルにあります。白亜のドームが美しい「サクレ・クール寺院」や、20世紀初頭に若きピカソらが使用した共同アトリエ「バトー・ラヴォワール」、サルバドール・ダリの美術館「エスパス・ダリ」などがある、言わずと知れたパリの観光名所です。ノルヴァン通りはサクレ・クール寺院から西に伸びており、歩みを進めていくと似顔絵描きで賑わう「テルトル広場」に出ます。

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スターバックス・テルトル広場店を通過して1分ほど歩くと、ノルヴァン通りはジャン=バティスト・クレマン広場通りに分岐します。この三叉路に立ち、来た道を振り返ると、ユトリロが描いた《ノルヴァン通り》の風景を見ることができます。

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ユトリロの絵と実際の風景を比べると、建物はほとんど変わっていないのがわかります。ノルヴァン通りの奥にそびえるサクレ・クール寺院のドームも、ほぼ同じように建物越しに見ることができます。正面に見えるレストラン「ル・コンスラ」(Le Consulat)は現在も営業中。右の建物の一階は、ユトリロの描いた当時はパン屋(Boulangerie)でしたが、現在は黄色い庇が目をひく土産物屋に変わっています。

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ユトリロと同じような構図で写真を撮ろうとすると、カメラを高く掲げる必要がありました。ユトリロはモンマルトルの白黒の絵はがきをもとに絵を描くことも多かったと言われており、当館の《ノルヴァン通り》も高い三脚を用いて撮影された写真(の絵はがき)を参考にして描かれたのかもしれません。撮影当日は曇り空、時折小雨の降る天気で、建物も石畳の路面もやや鈍い灰色の印象が強く残りました。ユトリロの《ノルヴァン通り》も曇り空ですが、画面の色調はやや黄味を帯びた白が支配的であり、実際の風景よりも温かみを感じます。ユトリロの風景画は作者自身の孤独や憂愁が投影されている、などと評されることも多いですが、あまり先入観に囚われずに見た方が良いのかもしれない、との思いを強くしました。

 

投稿者:nori

 

 

常設展から―郷土の美術 斎藤譲コレクションによる北川民次の版画

 ただいま常設展示室2では、郷土の画家北川民次による版画を展示・紹介しております。【図1】【図2】

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【図2】

北川民次(1894-1989)は、生涯に340点を超える版画を制作しました。彼が初めて版画制作を手掛けたのは、1925年6月にメキシコ、トラルパムの野外美術学校に助手として赴任した時に遡ります。当時同校の校長であったフランシスコ・ディアス・デ・レオンは、民次に木口木版の技法を教え、また、彼らは技法書を紐解きながら、銅版画の制作にも当たりました。

1936(昭和11)年、タスコの野外美術学校を閉鎖、帰国した北川民次は、妻の実家があった瀬戸に滞在し、翌1937(昭和12)年には、リノリウム版11点による版画作品《瀬戸十景》を制作しています。大胆な刻線と、黒と白の対比と反転によって「焼き物」のまち・瀬戸の情景を表現した連作は、日本の近代版画のなかでも高く評価されています。【図3】

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【図3】

 戦後、北川民次は銅版画や石版画(リトグラフ)を精力的に手掛けています。その契機となったのが、美術評論家の久保貞次郎との「共同作業」でした。児童美術教育運動を推進していた久保は、画家たちに版画制作を薦め、絵本や詩画集等を出版しました。戦後の混乱と貧困を経て、人々の生活に少しの余裕が出てきたこの時期、部屋に飾る手軽な美術として、版画が流通するようになりました。1957(昭和32)年には〈東京国際版画ビエンナーレ〉が開幕し、また〈美術出版社〉が「版画友の会」を設立し頒布を始めると、画家たちの間でリトグラフの制作が盛んに行われました。

そうしたなかで、北川民次は「母子像」と「花」で愛好者を増やし、1968(昭和43)年には10点による「花と母子像」【図4】【図5】という題名の版画集を刊行しています。

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【図4】

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【図5】

 美術評論家であり、パトロンでもあった久保は1967年、毎日新聞に『国立性芸術図書館』と題した一文を寄稿しています。「政府の市民の言論表現の自由に対する抑圧的態度を揶揄(やゆ)して国立の図書館が、エロティカを蒐集し、公開すべきだ」と主張する久保に賛同した画家たちは、「国立がそれを始めるまで、お前のコレクションにと、いろいろなエロティカを寄贈してくれた」そうです。靉嘔(あいおう)の《レインボー北斎》もその一点だったということです。この時民次は、7点のエッチングを制作しています。【図6】

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 今回の展示では、斎藤譲氏からご寄贈いただいた版画作品で北川民次の制作の全貌を辿ります。

同氏は1958(昭和33)年、〈株式会社日動画廊〉に就職、画商としてそのキャリアをスタートされました。1971(昭和46)年に名古屋に赴任された後は、鬼頭鍋三郎や伊藤廉、鴨居玲といった画家たちの作品を紹介されて来られました。

北川民次については、1977(昭和52)年に『北川民次版画全集1928-1977』【図7】を編集・出版されるなど、その作品の収集と普及に尽力されました。

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【図7】

 貴重な作品を寄贈いただきました斎藤譲氏ご夫妻に厚く御礼申し上げます。12月3日(日)までの展示となります。どうぞお見逃しなく。[J.T.]

投稿者:J.T.