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ランス美術館

4月1日より新年度が始まりました。今年度、名古屋市美術館は4本の特別展を予定しています。

http://www.art-museum.city.nagoya.jp/exhibitions/temporary_ex

今回のブログは、10月に始まる「ランス美術館展」に関連したお話です。

ランス美術館外観

ランス美術館と名古屋市美術館は、2013年に「友好提携に関する覚書」に調印しました。昨年の「藤田嗣治展」も、実はこの相互交流事業の一環として実施されたものでした。戦後、日本を脱してフランスに戻った藤田嗣治は、1959年にパリから北東に約130km離れたランス市のノートル・ダム大聖堂でカトリックの洗礼を受けました。1966年には、同市内に「平和の聖母礼拝堂」(通称シャペル・フジタ=写真)を建立し、内部の壁画やステンドグラスのデザインを手がけました。藤田の遺体はこの礼拝堂の地下に埋葬されており、君代夫人もここに眠っています。こうしたご縁から、あわせて2300点以上の藤田の作品や資料がランス市に寄贈され、今やランス美術館は藤田の研究や個展の開催において欠かせない機関となりました。先の「藤田嗣治展」では47点の作品をランス美術館より借用し、初日にはカトリーヌ・デュロ ランス美術館長による講演を行いました。

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© Christian Devleeschauwer

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© Christian Devleeschauwer

そしてこの秋には、いよいよランス美術館のコレクションの中から選りすぐった名品を名古屋でご覧いただけることになります。現在のランス美術館の建物は中世の修道院を改築したもので、191310月に開館しました。細長い回廊のような展示室が特徴です(写真)。コレクションは16世紀から21世紀まで幅広い時代を網羅しており、中でも17世紀から19世紀のフランス絵画が充実しています。とりわけ19世紀のフランスを代表する風景画家、カミーユ・コローの作品は29点を所有しており、これはルーブル美術館に次ぐ重要なコレクションとなっています。

「ランス美術館展」ではコローはもちろん、ダヴィッドやドラクロワ、ミレー、クールベなど、フランス絵画史を語る上で外すことのできない重要作家たちの作品をご覧いただけます。「藤田嗣治展」でも未公開だった藤田の作品約20点、さらに現在、国立西洋美術館で個展が開催され、その価値が見直されているテオドール・シャセリオーの作品2点にもご期待ください。現在「ランス美術館展」と「シャガール展」の開催予告ちらしが配布されています。6月25日(日)まで開催中の「異郷のモダニズム―満州写真全史―」でご来館の際には、どうぞお手に取ってご覧ください。reims A4f

投稿者:nori

メットガラ

5月最初の月曜日にニューヨークのメトロポリタン美術館(略称MET)で催されるメットガラ。招待客のハリウッドスターなどのセレブリティが豪華に着飾った姿を見せる華やかな催事で、収益は服飾部門の1年間の活動資金になります。今年は51日がその日に当たります。

 

そのメットガラを取り上げた映画「メットガラドレスをまとった美術館」(アンドリュー・ロッシ監督、2016)が今、公開されています。原題は”The First Monday in May”で「5月最初の月曜日」。アメリカではこれで何のことか分かるのでしょう。

 

映画は、2015年のメットガラを取り上げたもの。いろいろな要素が詰まっていて、面白いのですが、社会や文化の状況が違う日本の私からすると、それはどうなのと思うこともままあって、考えさせられもします。

 

328日付けの日経新聞(夕刊)によれば、METのトーマス・キャンベル館長が6月末で引責辞任するとのこと。映画「メットガラ」の主要登場人物のひとりであるアンドリュー・ボルトンが企画したアレキサンダー・マックイーン展をはじめ、話題となる展覧会を開催し、在任中の8年間で入館者数を4割増の年間700万人超としても、累積赤字と経費膨張が問題となったようです。

 

MET の入館料は任意のため、館が示す希望金額の25ドルを全額払う人は少なく、一部調査では入館者1人が8ドル使うのに美術館が支出する金額は55ドルになるとのこと。こういう話を見聞きすると、大衆のしたたかさと費用対効果の問題が頭をよぎります。

 

映画を見ているとメットガラの大変さが良く分かるのですが、服飾部門はまだ寄付金を集めやすい方でしょう。話題作りの難しい部門はもっと苦労しているはずです。

 

欧米の例にならい、日本でも美術館、博物館で、入館料(あるいは入場料)以外の収益を上げるよう求められることが多くなっています。寄付金についても同様です。運営費を賄うことが目的ですが、誰がどのように運営費を賄うかというのは、美術館や博物館の設置の目的やはたすべき役割のあり方に大きくかかわりを持っています。

 

観光資源としての美術館、博物館にも関心が寄せられるようになっていますが、集客により立地する地域の活性化に益するところがあるとしても、METの例にも見られるように美術館や博物館そのものには期待するほどの経済的な利益をもたらすわけではありません。それよりも、観光資源としての価値をもたらしている文化資源としての価値を旧来とは比べものにならないほどの速さで減少させることになるだろうことにも目を向けるべきでしょう。観光資源としての価値の持続には、文化資源としての価値を維持し、増大させる営みが欠かせません。

 

彼我の違いを認識しながら、こちらはどうあるべきかを冷静に見極めて行く必要を感じます。

投稿者:み。

アルヴァ・アアルトのアトリエと自邸を訪れて

 2月はじめ、冬のヘルシンキを訪れました。 

ヘルシンキ郊外に、フィンランドが生んだ偉大な建築家、アルヴァ・アアルトのアトリエと自邸が残っており、ガイドツアー付きの見学が可能です。

まずは、アトリエのガイドツアーに参加。 

写真1

 

ガイドをしてくれた女性は、フィンランド人ですが流暢な日本語を話されます。この日アトリエを訪れたのは、日本人3人のみ。期せずして、日本語でのガイドツアーとなりました。 

ツアーは食堂から始まり、その後、二階の仕事部屋も紹介してもらいました。白い作業机がずらりと並び、当時の活気をそのまま伝えているかのような仕事部屋です。

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そして人々が集う部屋は吹き抜けになっていて、素晴らしく開放感のある部屋です。庭に面して大きな窓があり、光をふんだんに採り込めるようになっています。アアルトがデザインした様々な照明器具や家具も見ることができました。

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アアルトの家具の曲木の仕組みも説明していただきました。

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次にアトリエから10分ほど歩き、アアルトが住んでいた自邸へと向かいました。

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フィンランドを代表する建築家の家としては慎ましい感じがしますが、木を効果的に使い、採光を工夫し、椅子をはじめとする家具や照明器具などにもこだわったアアルトの家は、華美になることなく、住む人の心地よさを良く考えた建物であるように思いました。住んでみたくなるような居心地のよい家です。

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食堂には、アアルト夫妻がイタリアへ新婚旅行に行った折りに買ってきたという木の椅子があります。椅子のクラシックなデザインとアアルトの照明器具が不思議と調和しています。

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自邸のガイドツアーは人数も増え、英語で行われましたが、アアルトが実際に住んだ家の温かみを十分に感じることができました。

 

投稿者:AN

 

 

小さなこどもとの鑑賞―永青文庫展にて

 特別展「永青文庫 日本画の名品」が始まって早くも3週間が経ちました。このブログが掲載される頃には一部展示替えも終わり、後期展示の菱田春草《黒き猫》や小林古径《髪》との対面を楽しみに来館した皆さまで、さらに賑わっていることでしょう。

 

 私事で恐縮ですが、展示替え前の某日、大学の同級生が家族で展覧会を観に来てくれました。もうすぐ13カ月になる娘さんも一緒です。あんよも上手になり、お出かけが少しずつ楽しくなってきた頃です。平日でさほど混雑はしていなかったのですが、友人は挨拶もほどほどにベビーカーと大きな荷物を総合案内に預け、奥さんは抱っこひもをかけて娘さんとの目線を近くし、3人で展示室へ入っていきました。

 

 1時間ほど経って、友人から届いたメールには「ありがとうございました。娘は孔雀の絵が気に入ったようです」と書かれていました。その文面から、友人夫婦が娘さんの目線や反応をよく見て、彼女の小さなつぶやきに耳を傾け、言葉をやり取りしながら一緒に楽しく鑑賞している様子が目に浮かびました。

 

    なぜ孔雀の絵が気に入ったのか、本人に具体的な説明を求めるのは無理な話です。小林古径や近代日本画の名品を知識として知っているはずもありません。ただ、彼女が生まれてから今までに見てきたもの(例えば、最近動物園に行ったときに本物の孔雀を見たとか)と、何らかの共通点を見つけて関心を持った可能性は高いでしょう。

 

 大切なのは、こどもの様子を「なんか楽しそうにしてるね」「食いつくように見てるな」「どこが気に入ったんだろう?」と傍にいる大人が気づいて、受け止めてあげることです。大人はつい先回りして「この動物は何?」「何色をしてる?」とクイズのように知識を問うてしまいがちですが、小さなこどもにとっては、まず自分の中で起こっている心の動きを知ることの方が重要です。「この鳥さん大きいね」「びっくりだね」「羽がいっぱいあるね」「きれいだね」「かっこいいね」そんな短いやり取りを繰り返すうちに、こどもは見ることの楽しさや心が動いた時に使う言葉を自然と身に付けていくのだと思います。大好きな人たちと一緒の時間であれば、なおのこと。

 

 幸い、本展ではすべての作品が展示ケースの中にあり、こどもが手を伸ばしても作品に触れる心配はありません。決して広くはない会場、混雑時にはご不便をおかけすることがあるかもしれませんが、若い方、子育て中の方々にも諦めることなく展覧会を楽しんでいただきたいと思い、投稿します。

 

 

    余談ですが、友人の娘さんは普段からバレエに接する機会が多い家庭環境で生活しています。もしバレリーナの華やかで高貴な雰囲気、凛々しい姿と小林古径《孔雀》との間に重なり合うものを彼女が見出していたとしたら…興味深いですね(あくまで個人の憶測ですが)。

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「永青文庫 日本画の名品」開会式

1月13日、「永青文庫 日本画の名品」の開会式が行われました。

開会式には、主催者の名古屋市美術館と中日新聞社の関係者をはじめ、展覧会開催にあたって特別な協力をいただきました公益財団法人永青文庫の林田常務理事と技法などでご協力いただきました愛知県立芸術大学の松村学長にご臨席いただきました。

 

1枚目

 

 「永青文庫 日本画の名品」は、永青文庫の設立者である細川家第16代当主、細川護立候が一代で築き上げた、「近代日本画」と「禅画」の類い稀なコレクションを紹介するものです。

 

「近代日本画」では重要文化財である菱田春草の《落葉》、《黒き猫》、小林古径の《髪》をはじめ、横山大観、鏑木清方、上村松園、川端竜子など、人気の高い日本画家の文部省美術展覧会や日本美術院展覧会で入選・受賞したものを中心とした34点、その名のとおり名品揃いの内容となっております。 

2枚目

 

 「禅画」では奇抜な画風、あるいは飄逸な画風で最近殊に人気が高まっている江戸時代の名僧、白隠と仙厓による作品を紹介いたします。永青文庫の禅画のコレクションは質量ともに国内外で最高のレベルにあり、その中から23点を展示いたします。

3枚目

 

 細川護立候の慧眼を堪能できる珠玉の名品計57点が、名古屋に集う大変貴重な機会となります。

日本画を愛好する皆さまはもちろんのこと、たくさんの方々に楽しんでいただけると自負しておりますので、是非名古屋市美術館に足をお運びください。

 

 

 

 

 

ショコラ

 みなさまは良き年末年始を過ごされたでしょうか。名古屋市美術館は特別展「永青文庫 日本画の名品」(会期:114[]226[])と常設展「名品コレクション展III」」(会期:114[]416[])で新しい年にみなさまをお迎えします。

 永青文庫は、肥後熊本五十四万石の大名であった細川家が所持した文化財を保存、研究、公開しています。尾張徳川家に伝わった文化財が、徳川美術館と蓬左文庫に引き継がれているのと同じです。永青文庫の礎を築いたのは、十六代当主の細川護立(1883-1970)。彼自身が収集をはじめたのは明治末頃のことでした。

   この度の展示では、護立氏が収集した横山大観をはじめとする近代日本画の巨匠たちの名品を紹介します。それらの作品にはその作品が描かれた時代の雰囲気や求めるものが現れています。明治以降の爵位制度において侯爵であった細川家当主による収集という行為もまた、身分制のもとにあった時代のありようをうかがい知る手がかりとなるのかもしれません。

  同じく明治末頃のパリで、ひとりの黒人道化師が活躍していました。その名はショコラ。ロートレックが彼を描いていることでその存在を知ってはいましたが、詳しくは知るところがありませんでした。そのショコラを主人公にした映画が間もなく公開されます。ロシュディ・ゼム監督「ショコラ 君がいて、僕がいる」(2015年、フランス)です。原案となったノワリエルの著作も翻訳が出版されます。

  ショコラは黒人であったことからその存在が忘れ去られていました。人種差別が強くあった時代に彼がどのようにしてスターとなり、落ちぶれていったかを描くこの作品は、当時の社会を良く再現しているだけでなく、そこにあった問題が今なお消えずに残されていることを教えてくれます。多くの日本人にとっての憧れの都パリ、あるいは自由と平等と博愛の国フランスにもきれいごとでは済まない一面があることが分かります。この作品がすべてを教えるわけではありませんが、19世紀から20 世紀にかけてのフランスの美術を理解するのにも役立つと思い紹介します。

 

投稿者: み。

ヘルシンキのモディリアーニ展

北欧フィンランドの首都ヘルシンキにあるアテネウム美術館で現在「モディリアーニ:内なる視線」という展覧会が開催されています(201725日まで)。名古屋市美術館が所蔵する《立てる裸婦(カリアティードのための習作)》が出品されていますので、ご紹介しましょう。

 

12月のフィンランドの寒さは格別です。昼間でも氷点下の厳しさですが、それを利用して駅前広場にはスケート場が設けられていました。

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その広場と道路を挟んで向かい側にあるのがアテネウム美術館。ヘルシンキ中央駅のすぐそばという便利な立地です。

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巨大な看板の裸婦は、大阪市立近代美術館準備室の所蔵品。ヘルシンキの空港にも同じ看板がありました。

 

担当学芸員のアナ=マリア・フォン・ボンスドルフさんの案内で会場をじっくりと見学しました。会場の導入部にはモディリアーニと関係した人々の写真が半透明な布に印刷され、森のようになっています。

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その下には解説パネルが置かれ、写真の人物とモディリアーニとの関係がわかるようになっています。 

 

当館の《立てる裸婦》は会場の前半、彫刻との関係を示す部屋に展示されていました。

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右の壁の《カリアティード》は愛知県美術館の作品です。その間の巨大な作品は、本物ではなくレプリカ。同じ部屋には石彫が3点飾られ、

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さらにギリシャやエジプトなど、モディリアーニが影響を受けた彫刻(ルーヴル美術館から借用した本物)も展示され、

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創作のルーツがよく分かるよう工夫がされています。

 

途中の展示室には、モディリアーニが生きた20世紀初頭のパリを彷彿とさせるポスターの展示や、

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その頃のパリの街角の映像なども上映され、作品だけでなく、様々な視点からモディリアーニを紹介しています。さらに作品の簡単な模写を行うワーク・ショップの部屋まで用意されており、大人も子供も楽しそうに制作に励んでいました。

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決して大規模な展覧会ではありませんが、隅々まで配慮の行き届いた内容の濃い充実した展示と感じました。そして担当学芸員のこだわりを強く感じさせたのが展示室の最後です。通常の展覧会ですと会場の途中に展示される年譜が、ここでは一番最後に配置されていました。

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そして、モディリアーニ伝説を不滅のものとした、妻ジャンヌとの関係は、さらにその後、出口のすぐ近くのパネルで説明されていました。

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幾度か映画化されたモディリアーニとジャンヌの劇的な生涯に影響されることなく、作品の造形的な素晴らしさを純粋に鑑賞してほしい。ボンスドルフさんの強い思いがそこには込められていました。

ところで、解説パネルの写真を見ていただくと、いずれも3枚あることにお気づきでしょうか。これはフィンランド語、スウェーデン語、英語の3か国語表記を義務付けられているからで、常設展示も同様でした。街角や駅、レストランなどで現地の方と言葉を交わしても、皆驚くほど英語が達者。フィンランドってこういう国なんだと、認識を改めました。

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名古屋市美術館のディティール③

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美術館の西側、敷地内にある小路です。

手前の方に、「本当の珈琲をご存知ですか?」という看板があるのが見えますが、これは、美術館のコーヒーショップ Sugiura Coffee http://sugiuracoffee.crayonsite.net/ の看板です。この看板の隣の入口からコーヒーショップに入ることができます。 

その向こう側に目を移すと、なにやら変わった形の物体が見えますね。これは、美術館の階段の踊り場にある窓が外に張り出したものです。正面から見ると、ダイヤ形をしており、日本の城郭建築にある「狭間(さま)」にもみられるように、建物の内側ほど広く作られています。 

そのずっと奥には、名古屋市美術館のディティールでご紹介した、「テトラユニット」があります。 晴れた日にご来館されましたら、美術館の周囲を散策したり、コーヒーショップなどに立ち寄ってみるのはいかがでしょうか。

 

投稿者:AN

「アルバレス・ブラボ写真展-メキシコ、静かなる光と時」開会式

11月2日、「アルバレス・ブラボ写真展-メキシコ、静かなる光と時」の開会式が行われ、約200人の方にご参加いただきました。

ブログ展開会式写真1

 

ブログ展開会式写真2

 

20世紀写真史に大きな足跡を残したメキシコの巨匠、マヌエル・アルバレス・ブラボ(1902-2002)。メキシコ革命を経て、壁画運動や前衛芸術が渦巻く激動の1920年代末に頭角を現し、最晩年の1990年代末に至るまで、一貫して独自の静けさと詩情をたたえた写真を撮り続けました。 本展は作家遺族が運営するアーカイヴより全面的な協力を得て、192点のモノクロプリントと多数の資料を全4部・9章構成で展覧し、約70年におよぶアルバレス・ブラボの仕事の魅力を紹介する、国内初の本格的な大回顧展です。

 

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見るものの眼を刺激するような衝撃的な光景ではなく、ただ静かに見つめているうちに、対象に注がれた温かく優しい写真家の視線を感じることができるような抒情的な光景が眼前に拡がってきます。 ゆったりと落ち着いた心地よいアルバレス・ブラボの写真に癒される秋のひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。 「アルバレス・ブラボ写真展-メキシコ、静かなる光と時」は12月18日まで開催しております。みなさまお誘い合わせの上、ぜひお越しください!

アントニー・ゴームリーの作品《密着》と《接近》について考える

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名古屋の夏の猛烈な暑さに嫌気が差して、涼しい芝生の上に引っ越しました。

  

 

先日、美術館協力会のツアーで訪れた箱根・彫刻の森美術館にも、アントニー・ゴームリーの作品《密着》(1993年)が展示されていました。

名古屋市美術館の作品は《接近》(1999年)ですから、別の作品のように思われるかもしれませんが、実は原題は同じ《Close》の連作です。日本語に翻訳するときに違っていただけのことですが、どちらも地球に「接近」あるいは「密着」しようとしているということを意味しています。

紙の上に大きな円を描いて、その円弧の頂点に、小さな人体像を描き加えてみてください。ご存知のように、この作品は作家本人から型を取った彫刻作品ですので、「ゴームリーが地球を抱きしめている」イメージと言っていいかもしれません。

よく見ると、《密着》の方が彫刻の表面はつるつるに磨かれているようです。傘を差している人たちがいることからもわかるように、この日は雨が降っていましたので、より表面が濡れて輝いていました。

《接近》は、ゴームリーの着ていた衣服の襞や鋳造のための流し口が残っているくらいに、表面をまったく磨いていませんので、とても具体的でリアルな感じがするのに対して、《密着》は、かなり抽象化された人体模型のように見えます。このような意味で、「地球を抱きしめている」のは、ゴームリーという特定の人間ではなく、より普遍的な人間、言い換えれば、すべての人間ということになります。

このように《密着》と《接近》は同じ原題の連作ですが、人間像の表現という観点では対極にある作品と言えます。

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